投稿:匿名レポート 第1信

 昭和初年、某帝国大学の文学部を舞台に、超心理学研究の火蓋が切られた。

 文学部教授の加倉井常吉は、本来は宗教学の研究者であったが、日本古来のシャーマニズムを研究している途中で、四国の背振りのシャーマンの血を引くという若い娘、時島麻由美と出会う。この娘には、透視能力があるという。

 娘を実験して、どうやらその能力が本当にあると確信した加倉井は、超心理学研究所を大学内に開設し、麻由美の能力の徹底研究に入る。

 数々の実験を通して、加倉井と麻由美のコンビは、華々しい成果を上げていく。本来備えていた透視能力は、鉛の筒に封印された文字の透視にはじまり、透視した映像を写真に定着させる念写にまで行き着く。彼女が念写したものの中には、ランダムに選んだ被験者の亡くなった肉親や、柳条溝事件の現場写真、さらには月の裏側といったセンセーショナルなものまで含まれていた。さらに、麻由美は、実験を進めて行くうちに、予知能力まで発展させていった。

 そのうち、加倉井と麻由美の実験は、学会の中だけでなく、世間の注目も集めるようになっていく。世間のニーズに応えるために公開実験などを繰り返していくうちに、麻由美は次第に消耗していく。そして、その能力も衰えていくように見えた。

 ある日の公開実験で、麻由美は、はじめて簡単な透視に失敗する。同時に、透視サンプルの内容が事前に麻由美に知らされていたという証言が、加倉井の助手から飛び出す。これに、マスコミは飛びつき、加倉井と麻由美は、共同で謀議してイカサマを行っていたとキャンペーンを張った。

 傷心した麻由美は、長い実験の疲労も重なり、衝動的に自殺を遂げる。その直後、イカサマだと証言した助手は、狂死する。加倉井は、学校から追われ、彼が創始した日本の超心理学研究の歴史も、それで終焉したかに見えた……。

 

 だが、加倉井は、超心理学への情熱を失ってはいなかった。

 彼は、東北の山奥にこもり、独自に研究に取り組んでいく。麻由美に代わる被験者は、加倉井と麻由美の間に生まれていた一粒種だった。

 それから数十年、ひっそりと行なわれていた加倉井の研究にスポンサーが現われた。失われた人間の能力を復活させることを目的として、中世ヨーロッパで組織されたというそのスポンサーは、豊富な資金力と政治力を持ち、加倉井超心理学研究所を大規模に発展させる。しかし、その研究内容は、完全に秘密とされた。

 

 戦後、加倉井教授が亡くなると、研究所は、加倉井の息子、麻男に受け継がれる。

 その後研究所は、世間にその存在を知られぬままに大きく発展し、現在に到っている。噂では、その研究の成果は、様々な分野で生かされ、研究所育ちの多くのpsy能力者も生み出している。また、その内容は、人類にとって、あまりにもショッキングなもののため、研究所の上部団体である組織によって、厳格に管理されている。

(97.10.11. 5:45PM 着)


[寄稿者からのコメント]

 今後配信されるレポートは、その加倉井超心理学研究所から、命がけで持ち出された記録の一部である。

 その性格上、これを公表することは、非常な危険をともなう。また、今後配信される、この記録を読んだ者にも、影の組織からの危険が忍び寄ることも、当然予想される。

 そのリスクを許容してもなお、隠された真実の断片を知りたいという方のみ、アクセスされたい。

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